ゴッドハンドの認識
サムネ画像をAIに任せたらとんでもない画像を作ってくれました。
色々言いたいですね。
整体師資格証ってなんだ。そんな資格はない。
ゴッドハンドとか飾るな。思い違いも甚だしい。
整体学ってなんだ。知らない黒本を作るな。
…とまぁ、ツッコミどこ満載の画像ですが
一周回って面白いので良いでしょう。
この画像にムキになるほど心身は疲れていない。
(本当は論破して気持ちよくなりたい。)
(でも相手はAI。どうあがいても口論して勝てる相手ではない。グギギ…!)
さて、先にもチラッとでてきたフレーズ。
この業界に身を投じていると、一度は聞く言葉について話そうと思います。
そう。
ゴッドハンド
この言葉です。
多くはありませんが、私もなんとかこの言葉をいただけるようになりました。
いやー、あざすあざすw
…なんですか。方便であろうと前向きなお言葉。
謙遜せずに素直に受け取るが男ってもんでしょうよ。
さて、嬉しいお言葉は素直に受け取りまして。
本題です。
皆さんはゴッドハンドと聞いてイメージするのはなんでしょうか。
…え?イナズマイレブン?
あぁ、そうか。その線が残っていたか。
これは私のミスですね。
お願いですからその前に突き出した手をしまってください。
…ゴホン。
問い方を変えましょう。
接骨院のゴッドハンド先生
と問われたらどんなイメージが湧きますか?
恐らくですが、
- 一発で不調を治す人
- どこ言っても治らなかった何かを治した人
こういった方々
要は「治せる人」をゴッドハンドと呼ぶような気がしています。
さて、このゴッドハンドという言葉ですが
私の言葉の解釈はちょっと違うんですよね。
治す人
ではなく
見極めれる人
が私の思うゴッドハンド先生の像です。
どういうこっちゃいな。
ちょっとそのへんを話します。
見極める
見極める。といわれましても…
だと思います。
「ぐだぐだ言うて、治せんかったら何がゴッドハンドじゃい!」
もちろんです。そのとおりなんです。
でも、大前提の話でして。
治せるもの治せないものを見極めなきゃ施術って始まらんのです。
そうですね。例を挙げましょうか。
「昨日生牡蠣食べてからおなかいたいです!」
こういった話を聞いたら、どう思いますか?
「内科行きなよ…」ですよね。
ではこうしましょう。
「なんか急に足の親指の付け根が痛いんだけど」
明らかに腫れて、歩くのも痛くて…
なんですかこれ?
みたいなの。
結果こういう何もしてないのに腫れたりするのって「痛風」だったりするんですが。
痛風に対してできることなんて僕にはありません。
辛うじてアイシングして微弱電流あてて…くらいしか思いつきません。
そんな事してるなら、調べますので近隣の開いてる内科か整形外科にいって診断もらってください!
となります。痛風治す手技なんて知りません。
この様に、私には治せない症例の来院は意外と多いです。
だから見極めないとダメなんですよね。
今は分かりやすい例を挙げましたが、わかりにくい例なんて山程あります。
例えば脾臓という臓器を負傷し出血した際などは左肩に痛みが出たりします。
腰痛だと思ってたら実は膵臓疾患だった。
みたいな例は意外とあります。
そういった方に私の手技を施してもなんにもならんのです。
見極める Ver.2
では疾患からくるものではないとして、次の見極めが必要です。
そうですね。
例えばこうしましょう。
こうやって肉離れの処置をしたとしましょう。
しかし、実は起こっていたのは関節の捻挫でした。
となればどうでしょう?
この治療って如何にいいものだとしても最大限のパフォーマンスって出せてないんですよ。
極端な例ですが、こういうことです。
私が大事にしていること
どれだけ優れた施術力があっても見極められなきゃ宝の持ち腐れなんですよね。
だから私は見極める事は重要視しています。
聞いて、見て、触って。
正しい見極めをして初めて施術が効果を出します。
対応できるものであれば、最適解であろうという手法と哲学を私は持っています。
そのために日々頑張ってきましたし、投資してきました。
なので、私は見極めれるゴッドハンド像を目指したいなと思う今日このごろであります。
あ、患者様からいただくゴッドハンドの言葉はニマニマしながら受け取らせていただきます。
こんなんなんぼあってもええですからね~。

