8月の休診日は、5日、11日~13日、19日、26日、31日となります。

「整える」という言葉をよく見るけど

整いました~!!!

どうも。つかっちです。

なんもお題ないし、適当こいてるだけなのでなんも整ってません。

何を整わせてるのかも分かりません。

整うってなんだ。

ちょっと前に流行ったサウナ。

「整うわ~!」

私も流行りに乗じて使ってましたが、整うという事が何かは分かっていない。
「エモい」と同等に抽象的な言葉だと思ってる。

さて、こういう仕事をしていますと

「整うんですよ~!」

みたいに表現する人は一定数いるように感じている。

私は基本使わないようにしている言葉の一つです。

今日はちょっとそんな日本語の話をしましょう。
ちょっとお怒り口調なとこはご愛敬って事で。

説明する事

我々、医療を提供する者にはインフォームドコンセントという理念があります。

説明と同意という考えですね。

ま、簡潔にそれは何か?を解説しますと

患者さんが十分な説明を受け、その内容を理解した上で、自分の意思で治療方針を選択する。

ざっくり、こういう事です。

当たり前の様な事ですか、大事な理念です。

だって独断と偏見で手術されたら困るでしょ?w
俺の意思ワイ!?となるからね。

説明は難しい

説明という行為はとても難しい。

人にものを教えるという事の難しさは恐らく読者の皆が理解できるであろう。

では、我々が身体に起きてる事象をそのまま教科書通りの説明でしたとしましょう。

( ゚д゚)…?

聞かされる側はこの顔になるだろう。
子供なんか露骨に興味無くすだろう。

そらそうよ。誰だってそうよ。
だって専門分野の話なんだから。
ムズイよ。

義務教育で習う範囲外の事なんだから、分からなくて当たり前なのだ。

私だって他の専門分野の話なんぞ皆目見当がつかない。

アーク溶接とガス溶接の事を熱心に語られても「ほげぇ…」だ。
ちょっと興味はあるけど。

ま、こういった専門分野こそ
人に説明する際には言葉を砕かなければならない。

じゃなきゃ伝わらないからね。

だから私たちは「医学」等を分かりやすい様にしなければならない。
患者さんに言葉と意味を理解してもらわないといけないんだ。

その際に言葉をどうやって砕くか。

その辺の言葉選びや比喩は理解度やセンスが問われるんですよねーw

ただ、「分かりやすくする」と「曖昧にする」は違う。

説明において使う「整う」はいいと思う。

どんだけ細かく説明しても認識の齟齬は生じてしまうものです。
それが大なり小なり、でもね。

完璧に言ってる事を理解してもらえる場合ってのは
説明する側の言葉選びがセンス抜群で分かりやすいか、患者さんがこちら側の知見を持ち得ているか。

この二択である事がほとんどかと思います。

ではどうか。

「理解できません!」
「分かりません!!」

この言葉が返ってきた場合、通常であれば
(もっとこの事象の説明を簡潔にするには…?)
と思いふけり、「えっとね…」と言葉が続くはずなんだ。

その上で悩み、「整わせる」という表現や言葉になったのであれば良いと思う。

おそらくその場合は

「○○が、△△しててこんな風に悪さしてるから、この○○を整える様にするんだ」
「すると☆☆がこうなってよくなるかもしれないんだよ」

と事象を砕いて説明できている場合だと思うからね。

そこの中で出された表現の「整う」はいいんだ。

ただ私が毛嫌いするのは

あらかじめ用意されていた「整う」という言葉。

それなんだ。

散見する用意された「整う」

  • 自律神経を整わせる
  • 骨盤を整わせる
  • 整う治療

この文言を見たらどう思うだろうか。

私は虫唾が走る。

だってさ、なんか勝手に想像しない?

「私の悩みって『整い』がないから…?」
「『整わせる』ことでなんかよくなるのか…?」

あくまで一例だが、整うという事が「ナニカをよくする」ように感じ取れる。
なんなら、元々なかった問題を患者さん自身が勝手に作ってしまう可能性だってある。

例えそれが誤っていようとも、関係ない。
『整う』という術語に対しての主語が曖昧であってもだ。

勝手に点と点を線でつないでしまうのだ。

このように「整う」という言葉一つで
受け取り手が自由に想像できてしまうんだ。

そんな魔法の言葉なんだ。

無責任にもほどがあるだろ。

なんで安心や結果を提供する者がそんな不安を煽るんだよ。

ビジネス的には大正解だろうけどね。

これ以上は言うまい。
コンプライアンスっていうし。

ただそもそも、ちゃんと患者さんと向き合って説明しようとする人なら
「整う」の一言だけで説明を終わらせることは、そうそうないと思う。

思慮する人間であればあるほど、伝える事に悩んでいるはずなんだ。

もっと言葉を探すはずなんだ。

ま、簡潔にいこう。

「整う」という言葉をキャッチコピーにしてしまってるそこのお前。
するなとは言わない。

ただ、「整う」を餌にするな。

説明する側が言葉を選ぶべきなのに、受け取る側に勝手に意味を補完させている。

患者サイドに「理解する」という作業を丸投げしている状態になっている可能性がある。

そこに、なぜ疑問を持たない?

我々はもっと伝えて、説明して、理解してもらって

というこの行動に全力を尽くすべきなのだ。

というか、その説明すら出来ねぇ奴が

患者さんの状態を正確に把握して、安定して治療結果を残せるのかね?

私は思う

整う。

それっぽいよな。

自覚が無かったとしても

「私には分からない、先生にしか分からない悪いところがあるんだろう」

このようになる方は多いと思う。

その患者さん側における思考自体は悪くないと思う。
だって当然の結果だから。

ただ、その思考にさせてるそこのお前。

なぜこちらからの説明をサボった?

なぜ理解するという行為を患者さんに丸投げした?

理解してもらえるように配慮すべきなのはお前だ。

身体における事象を噛み砕き、要点をつまんで解説。
何が必要でどうしなきゃならないかを伝える。

その際における言葉選び、比喩。

悩むべきはお前なんだよ。

「もうええから」

こんな事を言われようとも
「大事やから聞いて」
と粘らなきゃならんのはお前だ。

ってか何がどうなってれば「整う」なのだ?
まずそもそも「整ってない」って何なんだ?

身体の事を学んできたならその事象を言語化してくれよ。

それが出来ないのに雑な言葉に逃げるなよ。

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